がん治療②
父は腫瘍マーカーが下がるのを大変喜んだ。
腫瘍マーカーは下がっても元気になってるようにはとても見えなかった。
昔ながらの民間療法があって、金属の筒に専用の線香をいれて、熱と煙で治療する温熱療法。
うちは、腰が痛い肩が痛いというとよくそれを母がやってくれていた。
お灸のようなもの。それをすると体のだるさが楽になる
そう母がいうと、父は手技を覚えて
朝晩やるのが日課になった。
具合が悪くなっている母に、もう抗がん剤やめよう。飲むのをやめようと伝えた。
母は、
やめてどうなるの?
やめたら死んでしまうんだよ。
せっかく効いてるって言われてるのに?
激昂ってこういう感じなんだろうな
って感じで、私に言った。
父が生きている間、音信不通に近い弟に電話で報告しても隣の県にいるはずの弟は
仕事が忙しいから
コロナだから
退職者が出たから
いろんな理由をつけて
帰省しなかった。
一度だけ帰省したけど一泊もせず呼び出しがあったからと顔を見ただけで帰ったと母から聞いた。
抗がん剤の量をできるだけ減らし進行が抑えられている時、
なぜか父と母は、毎日やっている温熱療法のおかげで進行が抑えられているような話を繰り返した。
父は、病み上がりなのに毎日温熱療法をするのが日課になり母を寝かせて手に触れる腹部の腫瘍をその金属の棒でさすっていた。
やらないと気が済まないようだった。
そんな風に一生懸命支えてもらっていても母のタバコの量は増えていく。
父に内緒で。
副作用で口内炎がひどい。
唾も喉を通っていかない。
そういうのにやめろと言っても
タバコやめて病気が治るわけじゃないよね?残された時間好きなことさせてよ。
というのだ。
じゃあさ、私に辛いって言わなきゃよくない?
電話すれば辛い辛いと言われ、こちらのアドバイスは全く聞かず。
最悪の患者だった。
がん治療①
私ががん治療に携わる選択をして
こんな治療がある。
こんな副作用がある。
こんな人がいた。
そういう話をすると
父も母も
がんになっても絶対にがん治療を勧めないで。
自然に楽に死なせてほしい。
冗談のようにそう言ってた。
実際に母の癌がみつかった。
お腹のがんは取れるものじゃなく原発不明がんといわれた。
腹部にあるそのできものは手で触れることができるくらい大きかった。
胃がんか、膵臓癌ではないかと先生たちは検査をしたが。結局、そういう診断となった。
セカンドオピニオンに私だけ行った時、
多分予後は9ヶ月。
抗がん剤しか治療はないけど、大して効果ないと思う。
苦しい思いを抗がん剤でさせるくらいなら治療しないというのも選択肢です。
そう言われた。
原発不明がんの第一選択の治療は髪が抜けたり痺れたり。
母は、望まないだろう。
父は予後を受け入れられないだろう。
頭の中混乱してた。
無治療という選択肢は残酷に感じた。
父にとっても。
主治医に、胃がんでも膵臓癌でも使用している内服の抗がん剤はどうだろうと確認すると
いいかもしれない
と言われて
母に内服の抗がん剤はどうかと提案した。
内服だから
副作用で辛くなったら飲まないで辞めようと。
いつでもやめられる。
そう思って勧めた。
飲み始めた母は、吐き気が酷く、食事も食べられなくなり、痛みも出始め、どんどん痩せていった。
月に一回帰省するとどんどん痩せていき
もう、ほんと死にそうだった。
末期がん。そんな感じだった。
それなのに腫瘍マーカーは、どんどん下がり、効果があるようだった。
やりたくないがん治療を勧めた自分。
食事を食べられず横たわってる母。
どうしていいか分からずオロオロして何をしていいかわからずストレスを抱えている父。
全然幸せじゃなかった。
うんざり①
今年の4月
1週間帰省した。
息子が学校の行事で不在だったから
その間、仕事を休みをとって。
弟が父が亡くなって実家に戻ってきてくれたから
私は神奈川で夫や息子と暮らせる。
ずっとそう思おう。
そう言い聞かせてたし、私が愚痴ると夫もそう言っていた。
夫は
そういう人たちだから仕方ないじゃないかって
私が文句を言う度に言い聞かせて
今回帰省するときも喧嘩するなよ
そう私に言ってきた
お金⑨
父は人の借金を返す人生だった。
若い頃の年子のお兄さんの借金。
弟のいろんな肩代わり。
母のパチンコで作った借金。
私はしっかりしているからという理由で
弟は生活力がないからという理由で、
不平等だ。
私は
時は金なり
ってまさにその通りだと思ってる。
労働した分だけお金が手に入る。
時間ってその人の命。
いくら仕事に生きがいを感じで楽しく仕事してたとしても
それで得られた報酬をいくら家族でも奪い取っていいのか。
ずっと沸々
あの家に帰って
2人がタバコ吸ってるだけでも怒りが込み上げてくる
お金⑧
予後9ヶ月と言われた母は、それから
3年目となった。
去年のお正月、家族で帰省したら
高校生の息子の目の前で
生活が苦しいと言い出した
こんなに長生きすると思ってなかった。
治療費もかかる。
祖母と祖父が亡くなった時に遺産を分けろなんて私は言わなかった。農家から土地取り上げたって。そう思ってなんも受け取らなかった。
それってなに?私に渡した50万のこと言ってるの?
返せって?
死んだら保険金がおりるからそれを受け取っていいから。
その話の時、弟はいない。
こんなの信じたって意味ない
虚しくなる。
あんたが死んだ後、兄弟で揉めるけど?
それよりもこの話を息子にこれ以上聞かせたくたい。
私、父が死んだ時に遺産をよこせなんて言ってない。自分から50万でいいかって言ってきたんだよね?ほんとにむしゃくしゃした。
もう息子の前でこんな話するくらい切羽詰まってるんだ。
わかった。
振込先教えて。帰ったら振り込むから。
その時のお母さんの安堵した笑顔。
息子からあの時のばあちゃん、なんか怖かった。
違う人みたいだった。
息子のこのセリフが辛かった。
腹もたった。
年金の少ないという話を
高齢者は、自分より若い世代にするべきじゃない。
私たちはきっとあなたたちより、少ない額だし、年金だけじゃ生活できなくて
動けるうちは仕事をしてるはずだから。
タバコを1日に一箱以上は吸っている。
台所の棚にはタバコが
何箱もストックしてある。
馬鹿みたいに吸っているタバコは私からしたら高級品だ。
母と弟の生活を見てたら
職場に
お茶を作って水筒入れて持っていって節約している私が虚しくなるほど
贅沢してるのに
生活が苦しい?
夫は5時に帰れることなく夜遅くまで働いて2人で家のローン返してる私たちに生活が苦しい?
お父さんが立派な家を建ててくれてるじゃない。
あなたのタバコやパチンコを少し節約したら生活に余裕あるんじゃないの?
うちは夫も私もタバコを吸わないから
車の中でもリビングでもスパスパ吸うような環境だけでも耐えられないのに。
もう全てが嫌になる
お金⑦
正月やお盆に帰省する私たち家族に
酔った父は喜んでお小遣いをくれていた。
交通費がかかるからと50000円くらい。
それは、帰省のたびにしてくれていた。
そのお小遣いは、定年退職した後も続いた。
断るとプライドの高い父はまあいいから!受け取れ!と言った。
父が肩代わりした以外にも母が叔母に300万も借金してるのを父が知ったらと思うと辛くて。
母のパートだけで生活しながら叔母の借金を返すなんてできないと思ってたから、
父からもらったお小遣いは全て母に返した。なんなら、それ以外にもお小遣いをあげていた。
美味しいもの食べて。
食費の足しにして。
頑張って叔母に借金返済してくれてるものだと思っていたしその時はパチンコは、もう辞めたと言っていてあんな痛い思いをしたんだから辞められたんだろうと母を信じていたから。
私、お父さんの気持ちを素直に受け取ってればよかった。
母なんて、依存症だと割り切ってしんじなければよかった。
結局、おばのところに2人で行き2人はお互いを罵り合っていたけど借金は返した。
帰りに叔母が私に紙袋をくれた。
色々悪かったね。帰って食べてね。
お菓子だと思ってた。
家に帰ってその紙袋を開けたら300万入ってた。
母は、私に2人で分けようか
そう言った。
私が怒って
いい加減にして‼️
今すぐ返しに行くよ‼️というと、
色々あったから半分だけ返してこようか
そう言った。
なんで?
もう全ての言葉が腹が立った。
なんで半分?
舐めてんの?
父が死んで落ち込んでいる時間もないほど金を返せと言ってきた叔母のこともすごく腹が立ったし
借りたものを返そうとしない母にもすごく呆れたし
やっと解決と思ったらこれですか?
返さなくていいと思ってたらこの時期にいう必要ある?
私、父が急死して母ががんで余裕ないよ。
長年借りてたのに叔母のこともすごく腹が立った
私は借金返済の書類を記載して貰ってたから、
もう疲れすぎてあとは2人でやってと手を引いた。
でも、出かけた母が本当におばのところに行ったのか信用もできず叔母に電話して
今お金を返しに向かわせている。
もう、この話は、終わりにしたいからちゃんと受け取ってほしい
そう伝えた。
その叔母とはあれから会ってない
死ぬまで会うことはないと思う。