りんごごりららっきょう

思っていること、昔の思い出

修行

私は宗教に疎くよくわからないのだが

 

仏教?では、

今の生きている世界は、修行の場で、

何度も生まれ変わり修行を繰り返し辛い思いをして修行を繰り返すとあの世にいける。

何度も生まれ変わりながら修行をしている。

 

あの世は今の生きている世と違って苦痛がない。

極楽浄土に行ける。

みたいな話を聞いた。

クドカン

Too young to die

という映画を見た。

いつも通りのはっちゃけ映画だったのだけど。

最後、主人公が天国へ行った後、

極楽浄土がつまらなくて、地獄にまた落ちるみたいなところがあって。

 

そこの場面をやけに思い出す。

 

こんなに修行を積んで嫌なことも経験してやっと天国に行っても楽しくないな。

つーか、この世界は苦行なのか?

 

仕事している時、

とっても辛すぎる経験をされている人に接することがあった。

 

ある人は、

がんが、手術で取れたんだけど、しばらくして背中が痛くなった。

病院に電話したけど、整形外科は紹介が必要だから、近くの病院に行くように言われた。

近くの病院で痛み止めを出され様子を見ていたら足が動かなくなった。

脊髄にがんが再発していた。

足が動かなくなる前に放射線を当てなければいけないのに、

癌の再発とは結びつかず。

寝たきりになり紹介されて受診。

足は全く動かなくなった。

結局、精密検査をしてみたら、がんが再発し手の施しようがなくなっていた。

癌は手術でとって、これからだと思っていたのに症状が出てほんの1週間ほどで寝たきりで手の施しようがないと言われ、混乱していた。

 

その方は、震災で娘を失い、家を流され、避難生活をしている時に妻にがんが見つかる。

妻の闘病を支え、看取った。

そしたら、しばらくして自分の癌が見つかった。

手術して、これから再建するぞー!との時期にこんなことになってと。

涙ぐんで話したが、私に怒りをぶつけることはなかった。

しょうがない。

運命なのだと。

 

私だったら

あの時、電話に出たスタッフが

もしや、と思えるスタッフだったら。

なぜ、あのスタッフは、よそへ行けと行ったのか?なぜ自分は素直に様子を見ていたのか?

そう思うと思った。

 

その方が、おっしゃった。

辛い感情を、ゴミを丸めるみたいに小さく小さくしていくしかない。

いまは、その作業をするだけ。

ゴミは捨てられず心の中に残るけど

今は、小さく小さくしていく作業をしていくしかない。

そう話してくれた。

その言葉が凄く心に残った。

 

私は、理不尽なことがあると自分がかわいそうだと大声で主張する。

泣きわめく。

悪くもない人を悪人に仕立てて恨む。

 

こんな人は、どうしてこんな風になれるのか?

人間の器がどうしてこんなにちがうのか?

そう思っていた時、

この人は、何度も生まれ変わりをして心の修行をした人なのかもしれない。

 

 

そう思った。

 

 

 

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